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粛々と黙していたなら、ちょっぴり妖冶な金髪痩躯、なんと玲瓏な姿かと、誰もがうっとり見惚れただろうが、
『あんのバカ公主が〜〜〜〜っ!!!』
姿と裏腹、口は悪いわ、短気なもんだから 相手を“ケル・ナグール”する脚や手が出るのも人一倍速いわ、と来て。光の公主を導くお役目というからには、それはそれは神秘的で崇高な存在である筈だってのに、とんだ“カナリア”さんがいたもんだと、
「きっと必ず後世に語り継がれること請け合いだろな。」
「…葉柱くんたら。」
明け透けに物を言う人、実は嫌いじゃあないけれど。窘めることに躊躇が要るような話題や言い回しは、出来れば辞めてほしいかも…なんて。傷の方はすっかり癒えたらしい男の子を抱えたままの、亜麻色の髪をした白魔導師様が何とも微妙な苦笑をし、
「うっせぇぞ、従者AとB。」
しっかり聞こえていたに違いない、彼らの前方、この一団の先頭切って駆けている“金のカナリア”ご本人様が。振り向きもしないのに後ろへしっかり届くほど、くっきりしたお声での合いの手を入れて下さって。誰が従者だ。お前ら以外に誰がいる。そっちこそ斥候とか先鋒ってポジションじゃねぇのかよ、こんの鉄砲玉野郎。うっせぇな、鈍足の動物使い。
“あ〜あ〜口喧嘩してるよ、この非常時に。”
これも余裕か、いやいやそんなものを持てる立場ではないからこその、苛立ちを紛らわしている彼らに違いなく。それが痛いほど判るから、
「…妖一、まだ見えない?」
肩から背へと装備した、防具としての魔法効果もあるマントをそれぞれに翻し、こちらの彼らが追っているのは。この騒動の元凶、コトの黒幕…を追って、文字通り“飛ぶように”駆けてった、公主様とその守護の騎士の二人であり。
「…ったく。大体だ、寄り代様にされかけてた進を、選りにも選ってこっちから、またあのグロックスへ近づけてどうするよ。」
やっとのことで戻って来てくれた、本来ならばこちらの陣営こそが誇った筈の最高武力。敵方の懐ろへと抱え込まれていた間、ずっとずっとその身を案じ、鉢合わせれば鉢合わせたで、今度は容赦なく振るわれた守護剣の豪威に翻弄されて。今回ばかりは、何とも厄介な立場におわした御仁であり。それというのも、彼のその身を、闇の眷属とやらを呼び出して固定するための“殻器”とやらにと目をつけられたからのこと。
「けどよ。さっき、あの爺さんが杖使って、何か光ってたもんをグロックスへって、取り戻してなかったか?」
怪しき術か何かによって、堅く封印されていたらしい彼の意志を、何とか覚醒させたセナと二人。やっとの再会を喜んで、もう離すものかという勢い、ひしと抱き合っていたその向こうから。唐突に…滲み出すように現れたあの老爺。何をするかと見ておれば、まずは…窟洞道の足元に散らばっていた何かしら、杖の先にて掬い上げて集めてた。
「その後、あの阿含とかいう奴の身からも、似たような光を浚っておったろうが。」
「…ああ。」
葉柱が何を言いたいかは。蛭魔だけじゃあない、桜庭にも、そして、随分と回復したそのせいで、意識もしっかりして来た一休という少年にも、言葉になる前からという深さで納得がいっている。
「あれがきっと、
僧正とやらが勝手に預けてたっていう、奴の“闇の咒力”に違いない。」
持ったままでいては陽白の一族から存在を知られ、集中砲火を受けかねないからと。炎獄の民の中に紛れた折、本当の宗家の当主を殺めて、入れ替わるように総帥様へと成り済まし。そのついでに、自分の力を召喚師たちへと分散した、何とも狡猾で悪辣な輩。その影響で“炎眼”を宿した彼らへは、より強い式神を招いた弊害、闇の咒の影響が染みついたせいだといい加減なことを言い。しかも、不安になるなと、例の…全ての罪が浄化される“約束の時”が来ればお前たちは救われるからと言い含めた。その上で、負世界から侵入して来る“闇の者”との戦いに必要な力が備わったのだと、訳知り顔で励まし続けたというから、
“僧正どころか、とんでもないペテン師だった訳だがな。”
セナ以前の“月の子供”が降臨したまいし気配を、遥か遠方の別大陸に居ながら数えていたというくらいだから。気の長さだけは褒めてやっても良いかもしれない。
“いっそそのまま、陽の側へと寝返ればよかったのによ。”
いや、それでは本末転倒だから、黒魔導師様。そんな今更なお話はともかく。
「進が覚醒出来たのは、あの公主様が奴の意識をがんじがらめにしていた咒力を、白の力で弾き飛ばして解放したからだと思う。」
だから。依然として、器とやらには打ってつけな“仕様”の彼なのかもしれないが。そうなるための下地というか。道標になるために必要な、同調のための何かしら。もう植わってはない身なんだから、
「今度こそはの注意を怠らないでいる分には、そうそう危険ということはないんじゃなかろうか。」
こういうところが朴訥素朴な葉柱が、蛭魔のみならず桜庭にも、とうに察しがいってたこと、わざわざ一通りをきちんと言ってのけたのへ、
「…だといいが。」
だかだかだかだか、ペース配分というものを知らないかというような勢いのまま、疾風のように弾丸のように駆け続けもっての会話は、だが。
「………っっ!!」
不意に開けた眺望へ、声もなく視線が攫われてしまうように。何物かの気配へ自然と意識が いざなわれてのこと。前方へと皆が注意を向けたことで、ロウソクの灯をそっと吹き消すかのように、それはゆるやかに断ち切られ。蛭魔が葉柱が、それぞれの腰やら懐ろやらへ一旦収めていた剣を抜き放ち、
「…いいね? こうして掴まって、身を縮めているんだよ?」
桜庭が腕の中の少年へ、腕を取って自分の肩へと掴まらせつつ、静かな声を掛けている。やわらかな声音だが、どうして?と訊かせる隙は微塵もないほど鷹揚でもあり。声を掛け合った訳でもないのに、
――― いくぞっ!
そんな弾み、GOサインを確かに感じた呼吸の揃いようも鮮やかに。三人一斉にその脚へと加速をかけたのであった。
◇
漆黒の闇の中、目指す気配を探るように追う。耳鳴りがしそうなほどにも静かな、閉塞された地下空間。風のように翔ける翼馬に乗っての疾走から受ける“浮遊感”のせいか、それとも…それはそれは安心出来る、暖かい懐ろに掻い込まれているせいからか。意識の集中を保つこと、時折危なくなりかかるセナであり。
「…セナ様?」
「ご、ごめんなさいっ!/////////」
単調な、短い一言だけながら。叱っている進さんではないと判る。判るのだけれど、こんな自分が恥ずかしいから。あわわっと、跳ね起きるような勢いにて我に返ってから…それもまた恥ずかしい醜態だと、頬を真っ赤にしてしまう、小さな公主様であり。
「………。」
進さんは、またしても何にも言っては下さらないが。セナの上体を支えるようにと、胸元とお腹の間へ添えて下さっている手のひらの指先、とんとん…って短く上下させての合図を下さって。
『判っておりますよ』
途轍もない緊張から一気に解放された身が、その勢いから摩擦熱でも起きてのことか、ほのかに体温が上がるほどもの弛緩状態になっている。こんな修羅場には馴染みのないセナには、それこそ…ぎっちぎちに縛り上げられていたところからの思い切りの解放にも通じるくらいの、軽い疲労と心地の良い弛緩とが反動として襲い掛かっているに違いなく。まだまだ緊張を解いてはならぬ正念場だというのに、それをこうまで感じている、眠くなるほどの彼だということは。懐ろに掻い込んでくれた人へ、その存在へ。すっかりと気を許し、且つ、大変な事態が継続中だというのを相殺して余りあるほどもの安心と信頼に身を浸し、全身で体感している彼なればのこと。そんな理屈を察した自分の自惚れをもどかしく思いながら、けれど。こんな至福はないと、こちらもその胸を熱く焦がしておいでの白き騎士殿。セナ様がそのまま熟睡なさっても構わないほど、今こそ汚名を雪ぐ働きを致さねばと、こちら様は逆に鋭い気合いが入ったようであり。だったから、なのか、
「………何処へ行こうというのでしょうね。」
セナの呟きにも、すぐさまの反射で応じを返す。
「あの老爺が、ですか?」
「はい。」
一本道ではないかもとか、まだまだ他にも伏せられし兵力があるのかもとか。此処が敵陣営の懐ろでもあるだけに、過剰なくらいにでも用心するに如くはないのだが。
“遠歩を使って退いたらしいけれど…。”
ずんと遠くに引き離されつつも、同じ“空間”に居る僧正であり。あくまでもこの洞窟内の遠くを移動中な“気配”であるのが判る。あんな大きな魔物の召喚が出来たにもかかわらず、自身の転送、別空間への時空跳躍は出来ないのか、それとも。
“此処にこそ用向きがあるから、なのかな?”
彼らの攻撃先であり、自分たちが居た王城キングダムの主城に、これ以上はないくらい間近い場所だったから。その城の地下からあふれ出してた聖なる力の強い影響力が、彼らの気配をも都合よく塗り潰していたから。それでと、襲撃を仕掛ける準備、潜伏のための橋頭堡に選ばれた場所…というだけではないということか?
「このままの速度・進路で構いませんか?」
背後の頭上からのお声へ、こくりと頷く。
「カメちゃんに任せておいて良いとは思うのですけれど。」
聖なる鳥、スノウ・ハミング。今はセナへの忠誠から、その望みを叶えるためにと頑張ってくれている彼であり、
“ホントだったら、近づきたいなんて思ってもない相手の追跡だのにね。”
闇の者や負世界の縁者。穢れに触れるとその身は腐って溶け出すかも知れないと言われているほど、清らかで繊細な存在だのにね。なのに、そんな奴の気配を追っていてくれている。
「ごめんね、もうちょっとだからね?」
たてがみの躍る首を、小さな手でスルリと撫でて。頑張ってねと励ませば、純白の天馬は、正に空を飛ぶ勢いにて加速をつけかかったのだが。
――― そんな無茶を強いたから、いよいよその身が綻び始めたかと。
セナがドキリと胸を傷めた、そんな現象が彼らを包む。
「………え?」
明かりの減った窟内を、それでも不安なく駆けておれたは、それもまた奇跡の存在だからのことか、天馬の体がほのかに発光していたからで。周囲の闇は、天馬の白く輝くその身を侵食までは出来ずにいたのに。どこからともなく垂れ込めて来た、別の闇がもやのように現れて、
「…っ!」
これにはさしもの聖鳥さんも驚いたのか、それとも。何かしら、邪の気配を染ませた存在だから、とうとう彼でも抗い切れなくなったのか。振り払いたいかのように首を振り立て“いやいや”をして見せる。
「カメちゃんっ!」
もういいからと声を掛け、進もまたその手綱を引き絞り、立ち止まらせんとブレーキをかける。後足だけで立ち上がる、竿立ちのような急停止。セナを抱えつつも、進が上手にバランスを取ったので、落馬とまでの惨事には至らなかったが、その場に立ち止まった純白の翼馬は、漆黒の中にも仄かにその存在を浮かばせている、得体の知れないもやを前に、どうしたものかと迷いの仕草。
「これも、あの僧正さんが仕掛けたものでしょうか。」
召喚の咒の気配は感じられなかったけれど、触れれば発動するという類の…例えば咒弊を貼ったのだったなら、無気配だって不思議はない。闇の中へとわだかまる奇妙な気配は、そのままどんどんと濃度を濃くしており、
「…っ、セナ様。」
戸惑うように進んだり後ずさったりをしている翼馬の足元から、蹄が立ててた音が消えた。それへと素早く気づいた進が、身を起こしてまで手綱を引いたその瞬間に、
――― ざあぁぁ………っっ、と。
真の闇というものは、鼻のすぐ前へかざした手のひらさえ見えないほどもの恐ろしさであり。そんな闇が、妙な言い回しになるが“形を取って”現れたかのように。彼らを目がけて、弾けるような勢いを得て、一斉に襲い掛かって来た。
「こ、これはっ!」
さながら、真っ黒な瘴気を孕んだ沼の汚泥が、沸き返ってのそのまま飛び上がって来たかのようで。聖なるものの、その汚れなき性質を呪ってのことか。進がこれ以上は無かったろう、絶妙にして素早い手綱さばきにて逃れようとしたものの。それでも間に合わずで、天馬ごと二人、漆黒の罠に飲まれかかった、そんな危機の真っ只中へ、
――― ひゅん、っと。
金属音を従えていたかと思えたほどに、それは鋭く、しかも重厚な何物か。彼らの後背から、気配を拾ったときにはもう、自分たちを追い抜いての先回り。翼馬をやり過ごすのに左右へ分かれて、目前で再び 肩を並べる“対の構え”を取りながら、
「哈っ!」
「呀っ!」
風を切りつつ肩から流れていたマントが、急に停まったことから ばさりとそれぞれの背に叩かれ大きくたわむ。闇雲に突っ込んで良いものではないと、きっちり心得ていた導師二人。示し合わせてもないとは到底思えぬ呼吸の合いようにて、ほぼ同じ位置にて鏡面同像、左右対称な構えを見せると。そのまま…咒詞を込めたる守護剣を振り上げて、前方の闇へ向け、風を切っての攻勢を叩きつけた。
「…蛭魔さん、葉柱さん。」
闇にも沈まぬ金の髪と、明るい色合いの導師服とが、次の瞬間、尚の存在感を浮かび上がらせたのは。
「…っっ!?」
二人が放った剣撃が、どんっと叩いた闇の塊。それが…やはり質量を帯びていたということか。バチバチッという激しい放電とともに、辺り一帯を照らし出す光を吐き出しながら、爆発を思わせるような膨らみ方をしてから、一気に消し飛んだ。それで落着ということか、静けさが戻った窟内に、
「ったくよ。とっととっとと無手勝流のままに進むんじゃねっての。」
そんな声が立ち上がり、それと同時、後方から淡い光の玉がふわりと流されて来て。坊やを庇ったままな桜庭が追いついたことを知らせてくれて。
「選りにも選って、何か起きれば一番途方に暮れやすそうなのが、タッグ組んで先行してんじゃねぇよ。」
見通しが全く立ってないのは、此処にいる誰しも同じ。そんな中にあって、これ以上はない前向きな人たちではあろうが、同時に、臨機応変が一番苦手そうな二人でもあり。これが人間同士の戦闘ならば、白き騎士殿が何とか出来ようが、
「相手は間違いなく、闇の咒の使い手だ。」
よって、どちらかと言えば、セナの方こそが対抗策を振り出さにゃあならない戦いだってのに。相手が広げたトラップへ、何の警戒もなかったそのまま、弾丸のように突っ込みかけてた彼らであり。
「そいつが戻って来た途端、気が大きくなりやがって。」
馬の間際まで戻って来た蛭魔が、まだまだ手のかかる教え子をチロリと睨んで差し上げれば。小さな公主様、図星だったか、あわあわと小さな肩をすぼめて見せる。
「まあ、ともかく。」
追いつけたのは善しとして。パンと弾いて消した闇の生気の塊が、そこから向かって来かけてた先。やはり黒々と続く隧道が、その行方を闇に呑まれて延々と続いており。
「…闇の咒力を奪還せしめたのがそんなにも嬉しいのかね。」
今の得体の知れない“気配”もまた、あの老僧が足止めにと招いた存在。聖なる気脈の流れがある真上に元から居た筈はないからで、
「この先に何か…闇の太守とやらを召喚する祭壇でもあるのかね。」」
「それか、脱出口かもな。」
呼べても当人が逃げることは出来ねぇようだから。聖なる気脈の途切れてるところとか、この先にあんのかも。そういう推量を確認し合い、
「先へ進むしかねぇか。」
此処まで来たからには、セナや進に戻れの帰れのと言って始まらない。一旦停止となった彼らが、頷き合っての前進モードへ戻りかかったところへと、
「あの…。」
覚えのない声が聞こえて。すわ、またしても何か召喚獣かと、全員が辺りを見回したのだけれど。
「あの、俺、此処の終点への近道を知ってます。」
そんな意外な一言、投げかけて下さったのは。息も絶え絶えという様相でいたものが今や随分と回復している、桜庭の懐ろに抱えられたままだった一休という少年であった。
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*まだまだ先は長いぞ〜〜〜。(とほほん…) |